海外で初産で生まれてきた娘は障がい児でした。
そんな娘も17歳、元気に学校に通っています。
昔の自分を振り返って、「グオーン、ブオーン、モヤー、ドヨーン(笑)」としていた暗黒時代を思い出しました。笑
なぜか、ふっと、アメリカだけじゃなくて、他の外国にも、出産したら、お子さんが障がい児で、戸惑っている昔の私のような方がいるんじゃないかな、っと感じたんです。
いろんなことがありましたが、行政からのサービス、サポートをたくさん受け取っていました。
娘が障がい児であることを受け入れられなくて、自分をずっと責めていました。
だから、周りからずっと愛を受け取っていたことに、気づけずにいました。
雨のように、空気のように、太陽のの光のように、ずっと「愛」は降り注いでいたのです。
それに気づかずに、「まわりは敵だらけ」と無意識に設定して、自分を責めて、周りを責めていました。
いまから思い出しても、窒息しそうな感覚。。。。。
今日は、行政から受け取っていたサポートとして、Intermediate School DistrictのHome Visitについて書いていこうと思います。
1歳半になっても歩かなかった娘を診察した小児科医のドクター。
ドクターは、車で3時間の大きな病院で専門医に会うように勧めました。
それと、同時に、ドクターは、Intermediate School Districtが提供する、Home Vistサービスを受けるようにすすめました。
アメリカに引っ越してきてから、4年目に娘を授かりました。
まだまだ英語も、よく分からなく
英語を上手く話せないことに、強烈な無価値観、コンプレックスを持っていました。
妊娠中は、ハーフの子が産まれることを楽しみにしていました。
どこまで行っても、自分には価値がないから、何かを外にくっつけないと!と無意識に、強く強く思っていたのです。
(娘にとったら、知らんがな!って感じですよね、苦笑)
産まれてきた娘には、障がいが。。。。。。
もう、踏んだり蹴ったり、笑
泣きっ面に蜂🐝 笑
前述のIntermmediate School Districtというのは、「地域の教育委員会」的な団体です。
(余談:英語で、「学区」のことをSchool Districtといいます)
略して、ISD(アイ エス ディー)って呼んだりします。
障がい児に対するサポートはISDが担当しています。軽度の障がいなら、地域の普通校に通いながら、そこでリハビリや必要なサポートを受けれます。
重度の障がいなら、ISDの建物で、支援学級があるので、そちらに通うことになります。
♡♡♡
1歳半で、「なーんか普通と違うなあ」と察した小児科医は、ISDに属するホームビジットのサービスに申し込むように勧めてくれました。
申し込んでから、こちらのISDから教員免許を持った障がい児教育に長けている方が、週に1回、家に来てくれることになりました。
うううう、思い出しても、涙が出る。
私たちの家に来てくれたのは、スーさんという先生でした。
右も左もわからない私に対しての、セラピストのような方でした。
私の話も聞いてくれて、娘の状態を見て、家でできるアクティビティを教えてくれたり。
娘のできているところを、見つけて、ほめてくれたり。
ほんっと、わたし、心がズタズタだったんですねえ、あのころ。
☆☆☆
生まれてきたお子さんに障がいがあるっと、分かって、胸がキュッとなっているアナタ。
だいじょうぶ、サポートはたくさんあります。
あなた、ひとりではないです♡
ひとりで、がんばらないで。
助けを求めて、みんなを頼って、行きましょう。
地球のどこかで、お子さんが障がい児ってことで、ドヨンとなっている、そこの貴方。
届くと、いいな♪
よもぎ♡
コメント